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my memories from 2006

昔の記事が恥ずかしい

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前回の記事の続きです。


友人と別れた後、僕は自分の物事への情熱のなさについて真剣に悩み始めました。

なぜ情熱なく毎日を過ごしているのだろう。
なぜ情熱を持って物事に取り組めないんだろう。
なぜ情熱を持って取り組もうとしないのだろう。

自分の不甲斐なさをノイローゼ患者のように考えて続けていました。
そしてついにその答えを知るために「情熱 ない」で検索をしました。


カウンセリングサイトにこう書かれていました。

       人間は知らない感情を認知することはできません
       あなたが情熱を他人や他の物から感じるのは
       あなたが情熱という感情をもっているからなのです

       しかし記憶がないくらいの昔にあなたは情熱を持っていたけども
       『無駄で、意味がない』と情熱を判断し冷めてしまって失ったのです

       自己完結して周りの世界を変えることに興味がないから
       それは人の「繋がり」より「自分のやり方」や「好み」を優先してる状態です

       本当の自分を表現する「許可」をしてください。
       かつての情熱あった頃の自分を思い出しそれを取り戻すと決めてください。
       そして情熱を見つけたら誰かに共鳴し、受け継がせてください。


なるほどそうだったのかと気がつきました。
確かにはるか昔にぼくは情熱を持って生きていました。


中学時代は情熱を持って陸上をしていました。
クラウチングスタートの種類と各フォームのメリットやデメリット、
トップスピードを持続するためのトレーニングの方法を研究しました。


他には「魔法先生ネギま!」のコンテンツを情熱もって追いかけました。
原作と解説本を何度も読み返し、生徒たちのプロフィール、魔法の始動キーを暗記
収集した全キャラソンを友人にあげたり、声優のおっかけにも発展しました。


小学生時代は友人と野球、サッカーをするのが好きでたまりませんでした。
休日に家族とアスレチックのある公園に行くのも待ち遠しかった。


今では考えられないほどの情熱をもって
毎日を楽しく生きていたことをようやく思い出しました。

このときの感覚・感情を思い出せばよかったのです。
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